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神戸地方裁判所 昭和43年(わ)79号 判決 1968年7月09日

被告人 池田智幸

主文

被告人を懲役一年および罰金三万円に処する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある自動車運転免許証一通(証第一号)の偽造部分を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、河原義雄と共謀のうえ、昭和四二年七月二八日ごろ、神戸市生田区海岸通五丁目大洋商運株式会社内において、行使の目的をもつて、兵庫県公安委員会の記名押印のある右河原に対する第一種普通運転免許証の免許事項欄が透明のビニール製被覆で覆つてあるのを利用し、かねて軽便カミソリで切り開いてあつた右ビニール製被覆の下端部より自己の写真を挿入して右免許証の写真欄に貼付してあつた河原の写真の上に重ね合せ、あたかも自己が右運転免許証の交付を受けたような外観を整え、もつて右公安委員会作成名義の自動車運転免許証一通(証第一号)を偽造し、

(一)、前同日午後四時三〇分ごろ、神戸市葺合区国香通一丁目二一番地、株式会社コウベドライブクラブにおいて、同会社所属の普通乗用自動車を賃借りするに際し、同会社の係員高島新太郎に対し前記偽造にかかる運転免許証を真正に成立したもののように装い提示して行使し、

(二)、同年八月二日午後一時二五分ごろ、大阪府泉南郡岬町下孝子にある関電電柱孝子三七号附近路上において、交通取締中の大阪府警察交通機動警ら隊司法巡査宮本拡に対し、前記偽造にかかる運転免許証を真正に成立したもののように装つて提示して行使し、

(三)、同年同月四日午後七時一五分ごろ、神戸市須磨区中島町三丁目三番地の一八附近神明道路上において、交通取締中の兵庫県警察本部交通部交通指導課司法巡査西谷博明に対し、前記偽造にかかる運転免許証を真正に成立したもののように装つて提示して行使し、

第二、

(一)、前記第一の(二)と同一日時場所において、公安委員会の運転免許を受けていないにもかかわらず、普通乗用自動車(神戸五わ・・八一号)を運転し、

(二)、同時同所において、大阪府公安委員会が道路標識および道路標示によつて追越し禁止の場所と指定しているにもかかわらず、前記自動車を運転して大型貨物自動車一台を追越し、

第三、

(一)、前記第一の(三)と同一日時場所において、公安委員会の運転免許を受けていないにもかかわらず、前記自動車を運転し、

(二)、同時同所において、兵庫県公安委員会が道路標識によつて最高速度を四〇粁毎時と定めているのにもかかわらず、右最高速度を超える五二・一粁毎時の速度で前記自動車を運転し、

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中、自動車運転免許証偽造の点は、刑法六〇条、一五五条一項に、その行使の点はいずれも同法一五八条一項に、判示第二の(一)、第三の(一)の各所為はいずれも道路交通法一一八条一項一号、六四条に、判示第二の(二)の所為は同法一一九条一項二号、三〇条四号、九条二項、道路交通法施行令七条一項、昭和三五年大阪府公安委員会告示一〇号に、判示第三の(二)の所為は道路交通法一一八条一項三号、六八条、二二条二項、九条二項、道路交通法施行令七条一項、昭和四〇年兵庫県公安委員会告示一〇二号にそれぞれ該当するが、判示第一の自動車運転免許証偽造とその各行使との間には、それぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い判示第一の(一)の偽造公文書行使罪の刑で処断することとし、判示第二の(一)、(二)、第三の(一)、(二)の各所為については、所定刑中罰金刑をそれぞれ選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については偽造公文書行使罪の所定刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、同条二項により判示第二の(一)、(二)、第三の(一)、(二)の各罪所定の罰金額を合算したその金額の範囲内で、被告人を懲役一年および罰金三万円に処し、懲役刑については情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、押収してある自動車運転免許証一通(証第一号)の偽造部分は、判示第一の(一)の偽造公文書行使の犯罪行為を組成した物で、なんびとの所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項によりこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(本件公訴事実第一の本位的訴因および弁護人の主張に対する判断)

本件起訴状によると公訴事実第一の訴因は被告人が公文書である自動車運転免許証を変造したうえ、これを行使したというのである。しかるに検察官は右同免許証を偽造したうえこれを行使したものであるとして、公文書偽造、同行使の訴因を予備的に追加し、弁護人は本件は公文書の偽造行使にも変造行使にも当らないと主張する。当裁判所は本位的訴因を採用せず、予備的訴因によつて判示第一の事実を認定し、弁護人の主張を排斥するが、その理由を以下に説示する。

本件運転免許証(証第一号)に被告人の当公判廷における供述および供述記載ならびに河原義雄の検察官に対する供述調書の謄本を総合すれば、右運転免許証は兵庫県公安委員会が運転免許試験に合格した特定人である河原義雄に交付したものであること、および道路交通法施行規則(昭和三五年総理府令第六〇号)一九条所定の別記様式第一四(昭和四一年総理府令第五一号により改正後のもの)に則り作成されたものであること、被告人は右免許証の裏表紙の裏面に免許事項欄を記載した2面(右様式第一四備考参照)の用紙をあわせその表面をビニール製の無色透明の薄板で覆つてある被覆の下端を切り開き、その部分から被告人の写真を挿入してこれを写真貼付欄に貼つてあつた河原義雄の写真の上に重ね合わせ、右のビニール製薄板と免許証の2面との空間が狭いことを利用してその脱落移動を防止したものであることがそれぞれ認められる。もつとも本件免許証は現在では右被覆の右側部分も切り開かれているが、本件犯行の当時は開いていなかつたことは被告人および証人高野繁の当公判廷における供述から明らかである。

さて、偽造罪における偽造と変造との区別は、改ざん行為の方法によるものでなく、改ざんされた部分が当該文書において本質的部分であるか非本質的部分であるかによつて区別されるものであると考える。そして運転免許証の記載事項を定めた道路交通法九三条によると写真の貼付は要件となつていないが、同条三項は免許証記載事項の一部を総理府令で定め得ることになつており、道路交通法施行規則(昭和三五年総理府令六〇号)によると写真を貼付することが要求されているのであつて、写真によつて本人であるかどうか識別することは通常行われている事例である。従つて本件運転免許証に貼付してある写真は当該免許証の内容にして重要事項に属するものと解すべきであり、本件の如き方法による場合にも原文書の基本的同一性を害し別個の新たな文書を作り出したものというべく、単に文書の内容に変更を加えた場合と異なるので、変造でなく偽造であるといわねばならない。

しかるに弁護人は、被告人の行為は単に免許証に貼付された本来の写真の上に自己の写真を切り開いたビニール製被覆の下端より挿入して重ね合せたのみで、一度自己の写真を取り去れば免許証は原状に回復し、公文書の本質的部分その他如何なる部分も損われていないのであるから、本件の如き行為は刑法上のいわゆる偽造もしくは変造には該当しないと主張するので更に検討を加えるに、本件公文書たる運転免許証貼付の写真部分の加工による改ざん行為は従来の折たたみ式免許証について行われていた運転免許証貼付の本来の写真を剥がし、その跡に別人の写真を貼りつけるという方法と異なり、前述のようにその特徴はビニール製被覆の下端は切つてはいるものの、免許証の本体には何らの加工、損壊が行われておらず、挿入した写真を抜き取ると運転免許証は容易に原状に回復するという点にある。

しかしながら、偽造罪が成立するためには、偽造された文書が一般人をして作成権限者がその権限内において作成したものであると信じさせるに足りる程度の形式、外観を具えていることが必要であるが、作り出されたものが右の程度のものである以上、公文書の信用を害すべき危険があるのであるから、既存の文書を使用した偽造において、必ずしも当該文書自体に対して物理的損壊を加える必要はなく、又、原状回復の容易性も犯罪の成否には関係ないものといわなければならない。

そこで、押収されている免許証(証第一号)をみるとビニール製被覆は免許事項欄(2面)の上にビニール製薄板をのせ、その四辺をビニール製裏表紙裏面に付着させたものであり、ビニール製被覆と本体との間はきわめて密着していること、その下端部を横に切り開き、その部分より被告人の写真を挿入して本来の写真に重ね合せても、未だビニール製被覆の三辺が付着しているため、相当の動揺を加えても容易に脱落、移動しないこと、又右切り口もビニール製被覆と本体との付着部分に沿うて切られているためその切断の有無は簡単には見分けがつかず、よほど詳細に見ないと写真が後から挿入されて本来の写真の上に重ね合されていることを見分けることが出来ないものであることがそれぞれ認められ、その改ざんの程度は一般人をして、作成権限者がその権限内において作成した文書であると信ぜしめるに充分な形式外観を具有しているものと認められる。

このことは、判示第一の(一)ないし(三)の各日時場所において、被告人が本件偽造にかかる運転免許証を提示して行使した際、右提示を受けた者等は、いずれも何らの疑念を抱くことなく右免許証が被告人に対して交付されたものであると信じてそれぞれ所定の手続をとつたことからも明らかである。

従つて、被告人の本件免許証の写真部分の改ざん行為は、公文書の偽造に該当すると解するのが相当である。

以上の理由により検察官主張の本位的訴因及び弁護人の前記主張はいずれも採用し難く、判示のとおり認定した次第である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸弘衛 橋本達彦 滝川義道)

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